今日は節分。新しい年の始まりである。

最近、過去を思い出す作業が続いている。というか過去が向こうからやってくるのである。
その1つが、高校時代のマイギター。ずっと人に貸していたものが、つい先日、ある事情でまた私の元へ戻って来た。高校時代のハードケースに入って。
懐かしかった…。ボローンと弾いてみた。ネックの感覚やらすべて覚えていた。音も。この音だったぁ…。またギターぼちぼち弾いて行こうかなぁ…と思う。

そして、今日、さらなる過去がメールで姉からやって来た。
祖父の事がネットで書かれていると言うのだ。
私は父方の祖父の顔を知らない。祖父は第二次世界大戦で戦死しているのである。しかも海上で。船が沈没、遺体もあがらないまま、骨もない。
家にあったのは祖父が趣味だったという異国の写真と(なぜかアジアの女性が多かったような…)祖父が機関士を務めていたという最愛の船「摩耶丸」という貿易船の模型だけだった。

貿易船だった摩耶丸は、戦時中、軍事用の物資を運ぶ途中攻撃され「南方の海に」沈んだと祖母は聴かされていたようだ。
「おじいちゃんはなぜ死んだの?」と聞く私に祖母は「おじいちゃんはね、船長さんで1回船が沈む前にデッキに上がったんだけど、中をもう一度確認しに船の中に入ってそのまま出てこなかったんだよ」(祖母泣く)
「えぇぇ、じいちゃん、かわいそぉぉ…」(と私もしくしく泣く)という話を聞かされていた私は、祖父に対してとても尊敬の念を抱いている。今も。その祖父が愛してやまなかったという船の事が詳しく書かれているではないか…感動…。

しかし、今日見つけた記事に詳しい内容が書いてあって、なんと沈んだのは「済州島」近辺とある。違うやーーーん!今初めて明かされる事実。
身内にも知らされていなかった事実の発覚である。なんでそんなウソついたわけ?と不思議でならない。
それは、まぁいい。祖父の存在感というのは、どこか夢のような感覚だった。語られる話の中にしか存在しない、骨もない祖父。
それが、私たち遺族の知らない第三者の語りの中に、その船が生きていて、名前が記述されている。それを見た時に、祖父は確かに実在したんだな、そして、海に沈んだのだ、と再認識したような気がする。
生と死、祖父は生きていたし、そして死んだのだ。ぼんやりとした夢のようだった祖父という存在、事実が1つの記事で、私の中でリアルになった気がする。

タイタニックという映画がはやった時、映画館に見に行った。最後かなり長時間船内に水が入り、沈没していく様子が描かれていた。その時ふと、祖父の船もこんなふうだったのだろうか…。苦しかっただろうな…と思ったことを思い出す。
今も、済州島の付近の海底に、摩耶丸は眠っているはず…。

場所さえ、わからなかった祖父の眠る海が今、知らされたのだ。
おじいちゃん、ずっとそこに眠っていたんですね…。
しかもその記事が投稿された日付は私の父の命日だった。不思議ですね。
そして、私は、しんしんと刻まれていく時の中を生きている…。
記事を書いてくれた方に感謝。

MAYA

from maru

http://www.esaga.jp