海の風景









今年に入って、64年ぶり!に戦没地が判明した祖父。
済洲島沖である事が判明。船と共に海に眠る祖父の供養に韓国へ、というつもりだったのが、いや…maruの体調不良と母の「船と飛行機はいやだ」の言葉により、断念。
供養について相談したら、気は心なので、日本の海から流しても、想うだけでもよい、とのことだったので、じゃあそうしましょう、と先日、陸続きのある島まで行って来ました。

海の遥か彼方に沈む祖父と祖父の船へ祈りを捧げて来ました。
ちょうどよく暑くもなく曇り空の下、海沿いの道端に車を止め、そこから花束を海へ手向けました。
海の上をゆっくりと船がゆきかい、鳥が岩の上に等間隔に並んでいました。
もっとゆっくりとしたかったけれど、夜には用事があったので、バタバタとお祈りだけして、車へ戻り帰宅しました。

車を偶然に最初止めた場所に、石碑があってふと見ると「戦没者」の慰霊碑だったようで、うーーん、呼びました?というような偶然でした。

祖父は、戦争で機関長だった最愛の船と海に沈み、遺骨もない墓は空っぽ。
父は、大陸のどこかに腹違いの兄弟がいたりしてね、と生前言ってたそうで…。
冗談なのか、本気だったのかは、わからないけれど。

ずっと、どこにおじいちゃんは眠ってるんだろう?というなぞが今年解けて、いつか花を手向けたいと思っていた願いも叶いました。
私が、私の祖先に対しての大きなやり残していた仕事を終えたような気がしています。

戦争から64年。インターネットの画面上で、船の位置を正確に確認できる時代になりました。

from maru
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