東日本大震災から2週間が経ちました。
2011年3月11日という日は今を生きる私たち日本人にとって、すべての日常が一瞬にして変わった日となりました。

当日、私も東京で講座を受けていました。地震はその講座の最中に起きました。福岡西方沖地震の時と同じような、揺れの続き方に、大きいかもしれないなぁ…と思いました。
床に置かれていた背の高い陶器が次々に倒れて割れ、金魚鉢の水がこぼれおち(金魚は無事でした)外を見たらブロック塀が左右にゆらゆらと揺れていました。

佐賀で体験した地震より大きいのはすぐわかったので、震度4以上はあるなぁ…と思ったのですが、心はとても落ち着いていました。
なぜなら、佐賀で地震体験した時はマンションの上の方だったのでものすごく横揺れして、タンスの引き出しは全部空いたし、すごい事だったんで…。その日居た場所は、マンションの1Fで、横にはほとんど揺れを感じなかったのです。

でも、一緒に居た地元の二人も、東京は地震が頻繁にあるけれど、こんな大きな地震は初めてです。やばいやばい!とおっしゃっていました。

とりあえず、外へ出られるドアを開けて確保。倒れそうなものをそれぞれが押さえて、地震がおさまるのを待ちました。かなり長い時間でした。

その部屋には、巨大なクリスタルから小さなクラスターまでたくさんあったのですが、それはどれ1つ落ちていませんでした。

地震が収まり、余震が続く中、外で工事中だったおっさんたちは、何事もなかったように工事を再開しました。(゜-゜)

ある意味、この日常の地震前にも聴こえていた音がなぜか安堵感をもたらしてくれた気がします。

ただ、いつもの地震とは何かが違う、ということは一緒にいた3人ともすぐにわかったので、TVをつけ、事の重大さを知ったのです。

JRはすべてストップし、ホテルにも戻れなくなり、電話は通じず、携帯電話の充電は底をつき、連絡の手段がなくなる…という状況に陥りました。
3人ともかろうじて短いメールや電話が1回はそれぞれ家族につながったので、お互いの無事は確認出来たのですが…。

早い段階で、ホテルや自宅に戻るのは混雑してるし余震も心配だし、講座がマンションの1室だったので、そのオーナーさんからメールがあり、どうぞそこにお泊りください、との配慮をしてくださったので、私たちは不自由なく、お布団で夜ぐっすり眠ることが出来たのでした。

晩御飯を買いに外へ出ると人があふれていて、大きな通りはJRに乗れず歩いて帰宅する人の列がどこまでも続いており、お店からはすでに携帯の充電器も食品もすでに棚が空っぽになりつつありました。

TVを見ながらどんどん明らかになる震災の全貌にただ呆然。
私は翌日の予定も当然すべてキャンセルになったので、JRが再開した午後からホテルへ戻り、翌日昼の便で佐賀へ戻ったのです。

佐賀空港に降り立ち、そののどかさを見て、自分があの場に居たということの意味を考えました。

もし、体験していなかったら、TVで観て、大変だなぁ…と思うだけだったかもしれませんが…実際に地震に合い、いろいろなものがマヒして行く初期段階を見て…佐賀へ戻り、そのギャップ…一番感じたのは、ギャップです。

起きる前、起きた後その時間の違い。それは、ほんの10分前後の時間が、すべてを変えてしまったんだなぁ…と。
空港から家に帰るいつもの風景を見ながら思いました。

災害がすべてをもぎとって行くのは、いつも突然だ…。
人間は、心の準備をする暇もない。
それは、災害も、例えば事故で家族を突然亡くす時も同じだろう。

これからは常に危機感を持って心の準備をし、日常という時間を大切に使って行きなさい。という時代に突入したのかもしれません。

いつも、この日常と思っていたことが続くと思わず、すべてに感謝しながら生きること。
それを気づかせてくれた気がします。

ちょうど、先日、大川であった中村史明さんの講演会でもおっしゃっていましたが、「当たり前」の反対後は、「有り難い」だと、阪神大震災の被災者の方から聴いたと。
当たり前と思っていたことが、実はとてもありがたいことだったと気づいたと。

まさに、日々TVから流れる胸の痛むような映像に、今、私も、たぶん皆さんの意識にもそれを大きく感じているのではないでしょうか。

今もなお、犠牲者の全貌もわからないほどの巨大な災害…。私たちが生まれてはじめて体験する未曽有の国レベルの痛み。
まだ終息したわけでなく、直接的な被害を免れている九州に居て、出来ること…それぞれが、考えてやって行かねばならないと強く思います。

この佐賀の自然の豊かさ。自分が何気なく過ごしている日常。
じゅんちゃんの分離不安にボヤキつつも、すべての関わりを愛を持って一生懸命に、生きるために情熱をそそぐ。それが自分がまずやって行かねばならないこと。

その中から、出来ることを単発ではなく、少しずつ、長期に渡って、支援を続けていかねばならないと思います。

震災に合われた方は、これから新しい1歩を進めて行かねばならない…。愛した町や家族や仕事場もない中で…。本当に、大変なことだと思います。何重もの痛みを1回の震災で抱えてしまったのですから…。

私たちは、それぞれが出来ることを探しながら、本当に今こそお互いが思いやりの心を思い出して、乗り越えて行きたいですね。

esagaも、出来ること考えます!エゴは捨て、みんなで、一緒に乗り越えよう!

from maru

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